千歳アイヌ文化国際交流事業は、千歳アイヌ協会及び千歳アイヌ文化伝承保存会会員の若い世代を中心に姉妹都市アンカレジ市や諸外国を訪問し、現地の先住民族の文化伝承やその保存、生き方などを学び、アイヌ文化の担い手となる人材の育成を図るとともに、千歳アイヌ協会が主催するイベントにアンカレジ先住民族を招へいし、市民に対して先住民族の伝統や文化を紹介することにより、アイヌ民族をはじめとした先住民族に関する市民理解の促進を図ることを目的に「千歳市アイヌ施策推進地域計画」に位置づけた事業であり、この度のアンカレジ市訪問が初めての事業実施となった。
令和元年度千歳アイヌ文化国際交流事業
【期 間】:令和2年1月7日(火)から1月11日(土)3泊5日
【訪問地】:アメリカ合衆国アラスカ州アンカレジ市
【訪問者】:8名
・千歳アイヌ協会(5名)会長 中村 吉雄、山田 良子、硲 瑞代、佐々木 翔太、渡邉 牧子
・千歳市(2名)観光スポーツ部観光企画課長 吉見 章太郎、企画部主幹(アイヌ政策推進担当)松原 崇人
・通訳(1名)千歳ボランティア通訳クラブ 山崎 秀樹(千歳高等学校教諭)
【目 的】
この度の訪問の目的は、本事業の概要を説明し、千歳アイヌとアンカレジ先住民族との今後の交流について意見交換するとともに、アンカレジ先住民族の現状や民族政策について学ぶことであり、主に、先住民族団体や教育機関、博物館や民族文化センターなど、先住民族に関わる活動や情報発信をしている団体・機関を訪問し、各担当者と意見交換を行った。
訪問の詳細:1月8日(水)
1. アンカレジ博物館
(対応者)学芸員・先住民デナイナ族チーフ Aaron Legget氏、アンカレジ博物館CEO Julie Decker氏
(概要)
スミソニアン協会・博物館との共同運営によるアラスカ先住民族の展示物について説明いただいた。
野生動物の皮や骨、魚の皮を使用した装飾品、衣類や狩猟道具などの展示物をはじめ、展示されていないバックヤードの所蔵品を見せていただいた。
アラスカ先住民族とアイヌ民族の道具には共通点も多く、所蔵品の中にはアイヌの工芸品も含まれていた。
学芸員であり、先住民デナイナ族チーフであるAaron Legget氏と意見を交わす中で、同氏がアンカレジ姉妹都市委員に立候補する意向があることが分かった。実現した場合、アラスカ先住民族と千歳アイヌ先民族による交流に弾みがつくものと期待される。
2. アラスカ大学アンカレジ校民族支援サービスセンター
(対応者)学生支援課長 Benjamin Morton氏、学生アドバイザー(先住民)Quentin Simeon氏
(概要)
アラスカ大学民族支援サービスセンターは、先住民族の学生や留学生など、生活してきた環境や言語が一般学生と異なる学生に対する、学生生活への適応支援や奨学金の相談業務などを行っており、自身が先住民族であるアドバイザーが常駐し、学生への支援・相談に当たっていた。
アラスカの先住民は、250を超える部族、200の言語、20の文化圏に分かれていること。多様なバックグラウンドを持つ若者がアンカレジに出て学生生活を送ること自体、彼らにとって大きな環境変化であること。アラスカ大学では、学生全員が必修で、先住民族に関わるプログラムを履修することなどを伺った。
千歳アイヌ協会が作成した、アイヌの精神文化や風習を3分間の映像と英語ナレーションで紹介するDVDを披露したところ、先住民族であるアドバイザーからは、「動物に対する畏敬の念など、アラスカの先住民族と相似する点が多く、鳥肌が立つほど驚いた」との講評をいただいた。
3. 第一アラスカ協会
(対応者)副会長・先住民戦略担当 Ayyu Qassataq氏、サステイナビリティ担当 Collin McDonald氏
(概要)
上記担当者をはじめ12名もの各部族スタッフの歓迎を受けた。
第一アラスカ協会は、221の部族が加盟する非営利のNPO法人で、先住民族の歴史の理解、先住民族が抱える諸問題の解決及び権利の向上を目的に、インターンシップ(職業支援)、公共政策の立案と提言など未来志向のプログラムを実施しており、次の1万年を見据えた先住民族の為の政策を常に考えていると伺った。
近年はFederation of United Pacific Peopleという、環太平洋地域の先住民との連絡協議や環境問題の取組にも提言を行っている。
ロシア政府による統治が行われていた時代に、民族の土地の搾取、毛皮の搾取、言語や風習の禁止など、植民地政策によって民族の文化が抑圧された歴史について紹介があり、アイヌ民族の歴史との類似点について意見が交わされた。
また、千歳アイヌ協会が作成したDVDを披露したところ、「サケに敬意を払う様子がアラスカ先住民族とよく似ている」と講評をいただいた。
4. アラスカ先住民連盟
(対応者)副会長 Benjamin Mallot氏(元アラスカ州議会上院議員)
(概要)
アラスカ先住民連盟は、191の部族が加盟する連盟で、229の先住民族の村が加盟し1212の支部があり、先住民族の文化、経済の発展、医療、インフラ整備、狩猟の取り決め、環境問題等に関して、自治体、州政府、アメリカ政府、自治体議会、州議会、連邦議会へ請願するなど政治的活動を行っている団体であることを伺った。
同連盟は、毎年1回、アラスカ先住民族6000人程度が参加する大規模な会議を開催しており、それぞれの部族の伝統舞踊や楽器演奏などを披露するほか、民族政策について話し合う機会であること、2020年は、10月にアンカレジ市で開催することについて紹介があった。
中村千歳アイヌ協会会長から、北海道のアイヌ民族について広く発信し、知ってもらう良い機会であることから、10月の同会議に千歳アイヌ協会のメンバーが出席し、アイヌの伝統や文化を紹介することが可能か打診したところ、Benjamin Mallot副会長から、アイヌ民族の参加は連盟にとっても誇らしいことであり歓迎するとの返答を得た。
5. アトウッド基金主催夕食会
(対応者)ATWOOD基金 Ira Parman氏、イーサン・バーコウィッツ市長夫妻、 クリストファー議員ほか
(概要)
千歳アイヌ協会一行を歓迎するため、アトウッド基金代表者、市長ご夫妻ほか、博物館や民族団体の代表者が参集し交流を深めた。千歳アイヌ協会メンバーによる歌や古式舞踊、ムックリ演奏を披露し好評を得た。
訪問の詳細:1月9日(木)
6. カレッジ・ゲート小学校
(対応者)アンカレジ市教育委員会 外国語部長 Brandon Locke氏 ほか教職員
(概要)
アンカレジ市では、幼稚園から高校に至るまで「イマージョンプログラム」が採用されており、主に日本語、スペイン語、ロシア語などの外国語が取り入れられているが、カレッジ・ゲート小学校では2年前から、アラスカ先住民族の言語の1つである「ユピック語」によるイマージョン教育を行っており、幼稚園年長児及び小学校1年生の児童に対して、英語による国語(母国語)の授業と、ユピック語による他教科の授業を行っていることを伺った。
アラスカ先住民族の多くの言語は、話者が少なく教えるのが困難であるが、その中で、ユピック語の話者は比較的多く40歳代でも話者がいる。主にアンカレジから飛行機で1時間ほどの距離にある山間部で暮らしているが、その方々にお願いし、ユピック語の教員になってもらっている。教員と予算の確保がユピック語イマージョンの課題であることを伺った。
イマージョン・プログラムとは:習得を目指す母国語以外の言語そのものを習うのではなく、母国語以外の言語環境(日本語やスペイン語)で算数や社会、理科などの他教科を学び、その言語に浸りきった状況(イマージョン)で言語獲得を目指すプログラム。
実際の授業の様子を見学した際、タブレット端末によるユピック語教材を見せていただいたが、アイヌ語同様にユピック語も文字を持たないことから、発音にアルファベットを当てはめて作った教材であった。
教員からは、幼少期からユピック語に漬かって勉強することで、子供たちが自然とユピック語を話せるようになることを聞いた。
7. アンカレジ市長表敬訪問
(対応者)イーサン・バーコウィッツ市長、フェリックス・リベラ議長、クリストファー・コンスタンツ議員、フォレスト・ダンパー議員
(概要)
中村千歳アイヌ協会会長からイーサン・バーコウィッツ市長への挨拶で、両市の交流が50周年を迎えたことへの祝辞を述べるとともに、50年に亘る姉妹都市交流の歴史には無かった新たな文化交流として、今後、千歳のアイヌ民族とアンカレジの先住民族の間で訪問交流を行い、双方の伝統や文化への理解を深め、また、アラスカ州の進んだ民族政策を学び、アイヌ文化の保存・継承に活かしたい旨の提案を行った。
イーサン・バーコウィッツ市長からは、アンカレジ市内にはアラスカの多くの先住民の部族が暮らしており、多様な文化が融合していることについて紹介があり、双方の文化を学び合う交流を歓迎する旨発言があった。
更に、本年10月にアンカレジ市内で開催される「アラスカ州先住民族会議」への参加について打診があり、中村会長が千歳アイヌ協会として是非参加したい旨意向を伝えた。また、記念品として持参したアイヌ工芸品の「木彫りの板」を市長に贈呈し、市長からは、直筆メッセージ入りの「アラスカ写真集」が中村協会長に贈られた。
また、佐々木市議会議長より、昨年9月の姉妹都市提携50周年記念事業の折、市長はじめクリストファー議員、フォレスト議員、アンカレジ姉妹都市委員会の一行16名に千歳をご訪問いただいたことへの謝辞を述べるとともに、昨年12月に開催した千歳市議会第4回定例会において、これまで姉妹都市交流に携わってきたアンカレジ市関係者のご功労に感謝し、友好関係が若い世代に継承され、友情の「きずな」が末永く続くことを祈念する旨、決議を行ったことを紹介し、決議内容を読み上げ、佐々木議長からフェリックス議長に決議文を手交した。また、記念品として持参した「熊の木彫り」を贈呈した。
8. 在アンカレジ日本国領事事務所 主催昼食会
(対応者)領事事務所長 佐藤 雅俊氏
(概要)
昨年9月の姉妹都市提携50周年記念式典にご臨席いただいた佐藤事務所長主催による昼食会が開催され、佐藤事務所長と千歳アイヌ協会メンバーが懇親を深めた。
9. サンドレイク小学校歓迎式典
(対応者)トンプソン校長、松下教諭
(概要)
サンドレイク小学校を訪問している千歳市内の小学生を歓迎する式典を見学した。
双方の代表者による挨拶、記念品交換が行われ、歌やYOSAKOIソーランが披露されるなど盛会のうちに終了した。
歓迎式終了後、サンドレイク小学校からの要請により、小学校児童とアイヌ協会メンバーによる記念撮影が行われた。
10. アラスカ民族文化センター
(対応者)エグゼクティブディレクター Emily Edenshaw氏、ディレクター Shyanne Beattry氏
(概要)
閉館中にもかかわらず特別に開館していただき、入館するとクジラ肉とスモークサーモンの試食で歓迎いただいた。
アラスカ民族文化センターは、1999年に、アラスカ先住民族の自尊心と誇りに敬意を表すことを目的に設立されたこと、ホールや博物館、シアターを備え、アラスカ州の歴史において重要な役割を担ってきた先住民たちの暮らしを展示品や映像で学ぶことができる施設であることを伺った。
アリュート族(アリューシャン列島先住民族)青年ディレクターのShyanne Beattry 氏から、各民族の衣装や装飾品の特徴、漁に使用するカヤックの民族による違い、クジラ漁のための体の動きをゲームとして競う競技大会「先住民オリンピック」などについて紹介いただいた。
エグゼクティブディレクターのEmily Edenshaw氏からは、アラスカ民族文化センターが、高校生等の放課後の寄合場所としての役割を担っており、ダンスや工芸などが体験できること、また、高校生等の悩み相談も担っていることについて説明があった。
特に、先住民の若者の自殺率が全米の若者の自殺率の11倍にも及ぶことに触れ、緊急に解決しなければならない課題であり、同センターが自殺防止ワークショップ等のプログラムを実施していることを伺った。
中村千歳アイヌ協会会長から、今後、アラスカの先住民族と千歳アイヌ民族の間で文化交流を進めたい旨の意向を伝え、エグゼクティブディレクターEmily Edenshaw氏から歓迎する旨の回答を得た。また、クリストファー議員から、本年10月の「アラスカ州民族会議」の民族衣装ショーに、千歳アイヌも参加できないかとの打診を受けた。
訪問受け入れのお礼に、佐々木協会員がムックリ演奏を披露し好評を得た。
11. アンカレジ姉妹都市委員会主催夕食会
(対応者)アンカレジ姉妹都市委員長 Jeff Landfield氏ほか委員等
(概要)
アンカレジ姉妹都市委員長Jeff Landfield 氏が中心となり、姉妹都市委員会メンバーと千歳アイヌ協会一行との懇親会を開催いただいた。50周年記念事業で昨年9月に来千したメンバーも多数出席し、更に交流を深める機会となった。
まとめ
この度の訪問で、アラスカ先住民族がロシア統治時代の植民地政策によって、自らの言語や風習を禁じられ、伝統や文化が衰退していった歴史について伺い、過去の同化政策におけるアイヌ民族の歴史と相似する背景を持つことが分かった。
そのような歴史を経て、現在は、アンカレジ市やアラスカ州、アメリカ合衆国政府の理解と支援のもと、アラスカ先住民族の伝統・文化の継承、言語の復活、学生生活のサポートなど、様々な先住民族政策が実施されている状況を確認できた。
各訪問先で出会ったアラスカ先住民族の皆さんや支援に携わっている皆さんとの意見交換をとおして、アラスカ先住民族の皆さんが、現代社会で生活しながらも、自らが先住民族であることと真摯に向き合い、先人たちによって受け継がれてきた民族としての自尊心や誇りを持ち続け、先住民族にとってのより良い未来のために活動を続けていることが分った。千歳アイヌ協会のメンバーからは、今回の訪問で、アイヌ文化復興のための多くのヒントを得ることができたとの感想を聞いた。
滞在期間中は、各訪問先や交流会において、アイヌの精神文化や風習について映像と英語ナレーションで紹介するDVD(千歳アイヌ協会製作)を披露するとともに、古式舞踊やムックリ演奏を披露する機会もあり、アンカレジの方々にアイヌの伝統や文化を紹介することができた。
各民族団体の代表者からは、双方の民族による交流を歓迎する意向の意見を多くいただき、また、2020年10月に開催される「アラスカ先住民族会議」へ参加をアンカレジ市長から打診されるなど、次回の訪問交流の目途が立ち、先住民族交流の第一歩を踏み出す訪問となった。