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市制施行50周年記念式典「式辞」(平成20年9月7日)

   千歳市は、昭和33年7月1日に市制を施行してから50周年の節目の年を迎えました。
   平成20年9月7日(日)、千歳市民文化センター・大ホールに約1,100名の皆様のご出席をいただき挙行した「千歳市市制施行50周年記念式典」において、山口幸太郎千歳市長が述べた「式辞」は次のとおりです。
           式典ステージのようす      式典会場のようす      

千歳市市制施行50周年記念式典  式辞
 
   本日ここに、千歳市市制施行50周年記念式典を挙行いたしましたところ、国会議員の皆様をはじめ、国内外から多数のご来賓の皆様のご臨席を賜り、市民各位を代表して厚くお礼申しあげます。
  千歳市は、文化2年に大空を舞う鶴にちなみ、この地を「千歳」と命名して200年余りの歴史を刻み、昭和33年7月1日には北海道で24番目に市制を施行して、本年50周年の大きな節目の年を迎えました。
  市制施行当時の人口は、現在の半分、約4万8千人が暮らすまちでしたが、子どもの割合が多く、小学校の児童数は、現在とほぼ同じで約5千8百人でありました。
  また、乗用自動車の登録台数は300台ほどで、貨物自動車や軽自動車、二輪車などを含めても1000台程度でありました。
  それから半世紀、千歳市は、産業の高度化や技術革新、国際化や情報化など、新たな時代潮流を踏まえながら、千歳市が持つ特性や資源など、数々の貴重な財産を大切に守りつつ、新たな魅力を加えながらまちづくりを進めてまいりました。
   大正時代、まだ見ぬ飛行機を夢見て子どもからお年寄りまで、村民総出の労働奉仕により、歴史に残る大事業として完成した千歳飛行場は、市制施行当時、年間の乗降客数は14万6千人で、羽田空港までの所要時間は3時間を要しておりました。
   現在の新千歳空港の年間乗降客数は1800万人を超え、特に、新千歳-羽田間は単一路線では世界一の乗降客数を誇るなど、世界に開かれた北の空の玄関口として、国内有数の拠点空港としての飛躍を遂げてまいりました。
   先人の「自分たちのまちは、自分たちの手で」という開拓精神は、今もなお受け継がれ、みんなで夢実現のため、市民協働によるまちづくりが進むとともに、陸上・航空の各自衛隊が共存共栄する都市として着実に発展を遂げております。
   また、21世紀を牽引する産業を育成するため、世界的水準をもつ光テクノロジーを専門とした千歳科学技術大学を核に、産学官連携によるホトニクスバレープロジェクトを展開し、世界に向けた新しい産業創出の可能性を広げるなど、産業基盤の整備に取り組んでおります。
   さらに、姉妹都市交流も盛んに行われ、千歳市とアメリカ合衆国、アンカレジ市とは、姉妹都市提携40年目を迎え、また、鹿児島県指宿市とは観光イベントや小学生の交流などを通じ、多様なネットワークをつくりながら相互理解と友好関係を深めております。
  千歳市は、交通の要衝としての高い都市機能を持った国際交流都市である一方で、支笏湖に代表される雄大な自然景観や良好な農村景観を有しており、私たちは、これらの貴重な財産を将来へ受け継いでいかなければなりません。
   原始のたたずまいと雄大な自然環境を有する支笏湖は、昔と変わらぬ姿で私たちを見守っており、市街地を流れ、サケが遡上する清流千歳川に代表される豊かな自然は、多くの先人の皆様が時を重ねて守り育ててきた貴重な財産であります。
   この市制施行50周年の記念すべき年に、「北海道洞爺湖サミット」と連動して「ジュニア・エイトサミット2008千歳支笏湖」が千歳市において開催され、未来を担う若者たちにより、地球規模の環境問題などが討議され、「千歳宣言」として世界に発信されました。
   私は、これまでの歩みを振り返りながら郷土愛を育むとともに、市民の皆様の幸せを願いながら、市民協働による未来への更なる発展・飛躍に向けて、まちづくりに全力を傾注することをここに決意するものであります。
   終わりになりましたが、本日ご多用のところご臨席いただきました皆様に対し、心から感謝の意を表し、ご参会の皆様のますますのご健勝とご発展を祈念申しあげ、千歳市市制施行50周年記念式典の式辞といたします。
 
      平成20年9月7日
                                                                   千歳市長    山  口  幸  太  郎
 
 
     

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